ていた。毎朝早く、町の女達と一緒にトロッコを押しに出かけて行く気立の優しい狂人である。私はこのシンケイによく虱《しらみ》を取ってもらったものだ。彼は後で支柱夫に出世[#「出世」に傍点]したけれど、外に、島根の方から流れて来ている祭文語《さいもんかた》りの義眼《いれめ》の男や、夫婦者の坑夫が二組、まむし酒を売るテキヤ、親指のない淫売婦、サーカスよりも面白い集団であった。
「トロッコで圧されて指を取った云いよるけんど、嘘ばんた、誰ぞに切られたっとじゃろ……」
 馬屋のお上《かみ》さんは、片眼で笑いながら母にこう云っていたものだ。或る日、この指のない淫売婦と私は風呂に行った。ドロドロの苔《こけ》むした暗い風呂場だった。この女は、腹をぐるりと一巻きにして、臍《へそ》のところに朱い舌を出した蛇の文身《いれずみ》をしていた。私は九州で初めてこんな凄《すご》い女を見た。私は子供だったから、しみじみ正視してこの薄青いこわい蛇の文身を見ていたものだ。
 木賃宿に泊っている夫婦者は、たいてい自炊で、自炊でない者達も、米を買って来て炊いてもらっていた。
 ほうろく[#「ほうろく」に傍点]のように焼けた暑い直
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