割りをしてくれるのだと云う親分のところへ酒を一升持って行く。
道玄坂の漬物屋の路地口にある、土木請負の看板をくぐって、綺麗ではないけれど、拭きこんだ格子を開けると、いつも昼間場所割りをしてくれるお爺さんが、火鉢の傍で茶を啜《すす》っていた。
「今晩から夜店をしなさるって、昼も夜も出しゃあ、今に銀行《くら》が建ちましょうよ。」
お爺さんは人のいい高笑いをして、私の持って行った一升の酒を気持ちよく受取ってくれた。
誰も知人のない東京なので、恥かしいも糞《くそ》もあったものではない。ピンからキリまである東京だもの。裸になりついでにうんと働いてやりましょう。私はこれよりももっと辛かった菓子工場の事を思うと、こんなことなんか平気だと気持ちが晴れ晴れとしてきた。
夜。
私は女の万年筆屋さんと、当《あて》のない門札を書いているお爺さんの間に店を出さして貰った。蕎麦《そば》屋で借りた雨戸に、私はメリヤスの猿股《さるまた》を並べて「二十銭均一」の札をさげると、万年筆屋さんの電気に透して、ランデの死[#「ランデの死」に傍点]を読む。大きく息を吸うともう春の気配が感じられる。この風の中には、遠い遠
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