ばりながらはいって来た。
「おとついはひどいめに会った。お前さんもだらしがないよ。」
「お父つぁん怒ってた?」
 電気の下で見ると、もう四十位の女で、乾いたような崩れた姿をしていた。
「私の方じゃあんなのを梟《ふくろう》と云って、色んな男を夜中に連れ込んで来るんだが、あんまり有りがたい客じゃあないんですよ。お父つぁん、油をしぼられてプンプン怒ってますよ。」
 人の好さそうな老けたお上さんは、茶を淹《い》れながらあの女の事を悪く云っていた。
 夜、お上さんにうどんを御馳走になる。明日はここの小父さんのくちぞえで青バスの車庫へ試験をうけに行ってみよう。暮れぢかくになって、落ちつき場所のない事は淋しいけれど、クヨクヨしていても仕様のない世の中だ。すべては自分の元気な体をたのみ[#「たのみ」に傍点]に働きましょう。電線が風ですさまじく鳴っている。木賃宿の片隅に、この小さな私は、汚れた蒲団に寝ころんで、壁に張ってある大黒さんの顔を見ながら、雲の上の御殿のような空想をしている。
(国へかえってお嫁にでも行こうかしら……)

        *

(四月×日)
 今日はメリヤス屋の安さんの案内で、地
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