に電気を見つめていた。
「だって逃げられなかったのよ。」
「八ツ山ホテルってところでしょう。」
「うん。」
ベニはけげんな顔をしていた。
「男の払った勘定書を持って来るのいやだわ、赤ちゃんみたいねえ、――十四円七十三銭って、こんなもの落してみっともないわよ。」
「あの男、花柳はるみを知ってるだの何だのってでたらめばかり言うのよ、からかってやるつもりだったの……」
「貴女がからかわれたんでしょう、御馳走さま。」
パパのいないベニは淋しそうだった。河水の音を聞いて、コドクを感じたものか、ベニは指を噛んで泣いている。
(四月×日)
朝。
東中野と云うところへ新聞を見て行ってみた。近松さんの家にいた事をふっと思い出した。こまめそうな奥さんが出てくる。お姑《しゅうとめ》さんが一人ある由。
「別に辛い事もないけれど、風呂水がうちじゃ大変なんですよ。」
暗い感じの家だった。北原白秋氏の弟さんの家にしては地味なかまえである。行ってみる間は何か心が燃えながら、行ってみるとどかんと淋しくなる気持ちはどうした事だろう。所詮《しょせん》、私と云う女はあまのじゃくかも知れないのだ。柳は柳。風は風。
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