ている彼女は、気軽そうに口笛を吹いて私にたずねた。
「私二十八なのよ、三十五円くらいじゃ食えないわね。」
私は黙って笑っていた。
(七月×日)
大分仕事も馴れた。朝の出勤はことに楽しい。電車に乗っていると、勤めの女達が、セルロイドの円い輪のついた手垂《てさ》げ袋を持っている。月給をもらったら私も買いたいものだ。階下の小母さんはこの頃少し機嫌よし。――社へ行くと、まだ相棒さんは見えなくて、若い重役の相良《さがら》さんが一人で、二階の広い重役室で新聞を読んでいた。
「お早うございます。」
「ヤア!」
事務服に着かえながら、ペンやインキを机から出していると、
「ここの扇風器をかけて。」と呼んでいる。
私は屑箱を台にすると、高いかもい[#「かもい」に傍点]のスイッチをひねった。白い部屋の中が泡立つような扇風器の音、「アラ?」私は相良さんの両手の中にかかえられていた。心に何の用意もない私の顔に大きい男の息がかかって来ると、私は両足で扇風器を突き飛ばしてやった。
「アッハハハハハいまのはじょうだんだよ。」
私は梯子段を飛びおりると、薄暗いトイレットの中でジャアジャア水を出した。頬を強く
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