》なんだから、一寸でも風評が立つと、うるさくてね……」
 ああ御もっとも様で、洗いものをしている背中にビンビン言葉が当って来る。

(二月×日)
 時ちゃんが帰らなくなって今日で五日である。ひたすら時ちゃんのたよりを待っている。彼女はあんな指輪や紫のコートに負けてしまっているのだ。生きてゆくめあて[#「めあて」に傍点]のないあの女の落ちて行く道かも知れないとも思う。あんなに、貧乏はけっして恥じゃあないと云ってあるのに……十八の彼女は紅も紫も欲しかったのだろう。私は五銭あった銅銭で駄菓子を五ツ買って来ると、床の中で古雑誌を読みながらたべた。貧乏は恥じゃあないと云ったもののあと五ツの駄菓子は、しょせん私の胃袋をさいどしてはくれぬ。手を延ばして押入れをあけて見る。白菜の残りをつまみ、白い御飯の舌ざわりを空想するなり。
 何もないのだ。涙がにじんで来る。電気でもつけましょう……。駄菓子ではつまらないと見えて腹がグウグウ辛気《しんき》に鳴っている。隣の古着屋さんの部屋では、秋刀魚《さんま》を焼く強烈な匂いがしている。
 食慾と性慾! 時ちゃんじゃないが、せめて一碗のめしにありつこうかしら。
 食
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