のコートを着た時ちゃんが、蒲団の裾にくず折れると、まるで駄々ッ子のように泣き出してしまった。私は言葉をあんなに用意してまっていたのだけれど、一言も云えなくなってしまって沈黙っていた。
「さようならア時ちゃん!」
若々しい男の声が窓の下で消えると、路地口で間抜けた自動車の警笛が鳴っていた。
(二月×日)
二人共面伏せな気持ちで御飯をたべた。
「この頃は少しなまけているから、あなたは梯子段を拭いてね、私は洗濯をするから……」
「ええ私するから、ここほっといていいよ。」
寝ぶそくなはれぼったい時ちゃんの瞼《まぶた》を見ていると、たまらなくいじらしくなって来る。
「時ちゃん、その指輪はどうして?」
かぼそい薬指に、白い石が光って台はプラチナだった。
「その紫のコートはどうしたのよ?」
「…………」
「時ちゃんは貧乏がいやになってしまったのねえ?」
私は階下の小母さんに顔を合せる事は肌が痛いようだった。
「姉さん! 時坊は少しどうかしてますよ。」
水道の水と一緒に、小父さんの言葉が痛く胸に来た。
「近所のてまえがありまさあね、夜中に自動車をブウブウやられちゃあね、町内の頭《かしら
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