しくなった。
とうとう夜になってしまった。港の灯のつきそめる頃はどこにも行きばのない気持ちになってしまう。朝から汗でしめっている着物の私は、ワッと泣きたい程切なかった。これでもへこたれないか! これでもか! 何かが頭をおさえつけているようで、私はまだまだへこたれるものかと口につぶやきながら、当もなく軒をひらって歩いていると、バスケット姿が、オイチニイの薬屋よりもはかなく思えた。お婆さんに聞いた商人宿はじきにわかった。全く国へ帰っても仕様のない私なのだ。お婆さんが御飯炊きならあると云ったけれど。海岸通りに出ると、チッチッと舌を鳴らして行く船員の群が多かった。
船乗りは意気で勇ましくていいものだ。私は商人宿とかいてある行燈をみつけると、耳朶《みみたぶ》を熱くしながら、宿代を聞きにはいった。親切そうなお上さんが帳場にいて、泊りだけなら六十銭でいいと、旅心をいたわるように、「おあがりやす」と云ってくれた。三畳の壁の青いのが変に淋しかったが、朝からの着物を浴衣にきかえると、私は宿のお上さんに教わって近所の銭湯に行った。旅と云うものはおそろしいようでいて肩のはらないものだ。女達はまるで蓮の花
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