そって歩いた。
「秋の鳥辺山《とりべやま》はよかったわね。落葉がしていて、ほら二人でおしゅん伝兵衛の墓にお参りした事があったわね……」
「行ってみましょうか!」
 お夏さんは驚いたように眼をみはった。
「貴女はそれだから苦労するのよ。」
 京都はいい街だ。夜霧がいっぱいたちこめた向うの立樹のところで、夜鳥が鳴いている。――下加茂のお夏さんの家の前が丁度交番になっていて、赤い燈火がついていた。門の吊燈籠《つりどうろう》の下をくぐって、そっと二階へ上ると、遠くの寺でゆっくり鐘を打つのが響いて来る。メンドウな話をくどくどするより沈黙っていましょう……お夏さんが火を取りに階下に降りて行くと、私は窓に凭《もた》れて、しみじみと大きいあくびをした。

        *

(七月×日)
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丘の上に松の木が一本
その松の木の下で
じっと空を見ていた私です。

真蒼い空に老松の葉が
針のように光っていました
ああ何と云う生きる事のむずかしさ
食べる事のむずかしさ。

そこで私は
貧しい袂《たもと》を胸にあわせて
古里にいた頃の
あのなつかしい童心で
コトコト松の幹を叩いてみました
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