。」
二人は沈黙って冷たい手を握りあった。
私にはお夏さんの姿は意外だった。まるで未亡人か何かのように、何もかも黒っぽい色で、唇だけがぐいと強く私の目を射た。
椿《つばき》の花のように素敵にいい唇だ。二人は子供のようにしっかり手をつなぎあって、霧の多い京都の街を、わけのわからない事を話しあって歩いた。京極《きょうごく》は昔のままだった。京極の何とかと云う店には、かつて私達の胸をさわがした美しい封筒が飾窓に出ている。だらだらと京極の街を降りると、横に切れた路地の中に、菊水と云ううどんやを見つけて私達は久し振りに明るい灯の下に顔を見合せた。私は一人立ちしていても貧乏だし、お夏さんは親のすねかじりで勿論《もちろん》お小遺いもそんなにないので、二人は財布を見せあいながら、狐うどんを食べた。女学生らしいあけっぱなしの気持ちで、二人は帯をゆるめてはお替りをして食べた。
「貴女ぐらい住所の変る人はないわね、私の住所録を汚して行くのはあんた一人よ。」
お夏さんは黒い大きな目をまたたきもさせないで私を見ている。甘えたい気持ちでいっぱいなり。
円山公園の噴水のそばを二人はまるで恋人のようにより
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