部屋らしく、何もかもきちんと整理してあります。もうみんな仕事に出ているのらしく、わたしはここの独房の部屋では、子供をおぶったひとと二人連れでのし[#「のし」に傍点]をつくっているおばあさんときりしかみませんでした。空《あ》いた部屋々々には、正信偈和讃《しょうしんげわさん》と云う小さい赤表紙の宗教書が置いてありました。広い廊下の四辻のところには、ラヂオが高い処に置いてあったし、小さい黒板には、涙は人生を救う、汗は貧を救うと云う文字が書いてあったりしました。
 涙は人生を救うと云う文字をわたしは暫《しばら》くながめていましたが、このなかにいる女性たちは、自分の罪の前に、毎日々々どんなに泣いてあけくれを迎えていることだろうと、潸々《さんさん》と涙をながしている女囚のひとたちの深い傷痕《きずあと》がおもいやられて来るのです。いったい、女性が罪を犯すなんて、どうした罪をここでは問われているのだろうと、わたしはこの女性たちの犯罪を不思議に考えるのでした。男のするような、詐欺《さぎ》師だの、強盗だの、大山師だの、わたしは女性の犯罪としてこれらのことをすこしも考えることが出来ないのですけれども、ここで
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