拾七円だってかまうもンか、いい仕事がみつかればそんなにビクビクする事もないよ」
「だって、あなたはまだ私より他《ほか》に、女のひとと所帯を持った事がないからですよ。すぐ手も足も出なくなるだろうと私は思うのだけれど――」
「フフン、君はなかなか経験家だからね、だが、そんな事は云わンもンだよ」
与一との生活に、もっと私に青春があれば、きっと私は初々《ういうい》しい女になったのだろうけれど、いつも、野良犬《のらいぬ》のように食べる事に焦《あせ》る私である。また二階借りから、一|軒《けん》の所帯へと伸《の》びて行く、――それはまるで、果てしのない沙漠《さばく》へでも出発するかのように私をひどく不安がらせた。
四
風呂敷《ふろしき》の中から地獄壺を出して、与一の耳の辺で振《ふ》ってみせた事が大きいそぶり[#「そぶり」に傍点]であっただけに私は閉口してしまった。なぜならば、遠い旅の空で醤油飯しか食っていない、義父や母の事を考えると、私は古ハガキで、地獄壺の中をほじくり、銀貨と云う銀貨は、母への手紙の中へ札に替《か》えて送ってやっていたのである。いま、「割ってごらんよ」といわれると
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