っているよ。骨が飛ぶからカンニンしてッ、そう云って夢《ゆめ》にまで君は泣いているンだよ」
「だけど――けっして、別れた男が恋《こい》しくて泣いているんじゃないでしょう。あんまり苛められると、犬だって寝言にヒクヒク泣いているじゃありませんか」
「責めているわけじゃない。よっぽど辛《つら》かったのだろうと思ったからさ」

「この鰺はもう食べませんか」
「ああ」
 飯台が小さいためか、魚が非常に大きく見えた。頭から尻尾《しっぽ》まである魚を飯の菜にすると云う事は久しくない事なので、私は与一の食べ荒らしたのまで洗うように食べた。与一は皿《さら》の上に白く残った鰺の残骸《ざんがい》を見て驚いたように笑った。
「女と云う動物は、どうして魚が好きなのかね」
「男のひとは鱗《うろこ》が嫌《きら》いなンでしょう」
「鱗と云えば、お前が持って来た鯉《こい》の地獄壺を割ってみないかね、引越しの費用位はあるだろう」
「そうねえ、引越し賃位はね……でも八円のこの家から拾七円の家じゃア、随分《ずいぶん》と差があるし、それに、昨日《きのう》行って見たンだけれど、まるで狸《たぬき》でも出そうな家じゃありませんか」

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