ている男が……私はこのような手紙には何としても返事が書けず、「あなたひとりに身も世も捨てた」と云う小唄《こうた》をうたって、誤魔化《ごまか》して暮していた。
間もなく、魚谷と云う男も結婚《けっこん》したのであろう、大変楽し気な姿で、細々とした女と歩いているのを私は見た事がある。ちょうど、そのおり、私は白いエプロンを掛《か》けていたので、呼び止めはしなかったけれど、私も早く女給のような仕事から足を洗わねばならぬと、地獄壺《じごくつぼ》の中へ、働いただけの金を落して行く事を楽しみとしていた。
それから、――幾月《いくつき》も経《た》たないで、正月をその場末のカフェーで迎《むか》えると、また、私は三度目の花嫁《はなよめ》となっていまの与一と連れ添い、「私はあれほど、一人でいたい事を願っていながら、何と云う根気のない淋しがりやの女であろうか」と云う事をしみじみ考えさせられていた。
三
「君は前の亭主《ていしゅ》にどんな風に叱られていたかね……」
与一は骨の無い方の鰺《あじ》の干物《ひもの》を口から離《はな》してこういった。
「叱られた事なんぞありませんよ」
「無い事はないよ
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