から手紙を貰っていない。君もこれから生活にチツジョを立てて、本当に落ちついたらいいだろう。落ちつくと云う事は、ブルジョアの細君の真似《まね》をしろと云うのではない。俺と君の生活に処する力を貯《たくわ》える事さ。金のある奴達は酒保へ行く。無いものは班にいて、淋しくなると出鱈目に唄をうたう。唄をうたう奴達は、収穫を前にして焦々しているのだろう。俺の隣りのベッドに舶大工《ふなだいく》がいる、子供三人に女房《にょうぼう》を置いて来たと云って、一週間目に貰った壱円足らずの金を送ってやっていた。そんなものもあるのだ。マア元気でやってくれるように、小鳥が飼《か》ってあるとか、花でも植えてあるならその後成長はどんな風かとでも聞けるが、そこには君自身の外に、何も無いンだからね。――元気で頼《たの》む」
かつて知らなかった男の杳々《ようよう》とした思いが、どんなに私を涙《なみだ》っぽく愛《かな》しくした事であろう。
私は手鏡へ顔を写してみたりした。「お前も流浪《るろう》の性じゃ」と母がよく云い云いしたけれど、二十三と云うのに、ひどく老《ふ》け込んで、脣などは荒《す》さんで見えた。瞼には深い影がさして、
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