た。
「日当弐円五拾銭だちって、こうなると、五拾銭引いてやがる。おまけに、会場の方は俺達の分を四円位にしといてピンを刎《は》ねるンだから、やりきれないさ」
それでも、参拾円近い現金は、ちょっと胸がドキリとするように嬉《うれ》しかった。
「でも、故意に喧嘩して、止《や》めさせるンじゃないの?」
「そうでもないだろうが、皆《みな》不平を云いながら、前へ出るとペコペコしてるンだからね」
「そンなものよ」
久《ひさ》し振《ぶ》りに石油を一升買った。
灰色の石油コンロは、円《まる》い飛行機のような音をたてて威勢《いせい》よく鳴っている。
二人は庭へ出て水を浴びた。
黝《あおぐろ》くなった躑躅の葉にザブザブ水を撒いてやりながら、何気なく与一の出発の日の事を考えていた。
「もう後六日で兵隊だねえ……」
「ああ」
「留守《るす》はどうしよう」
「参拾円近くあるじゃないか、俺の旅費や小遣《こづか》いは五円もあればいいし、家賃は拾円もやっとけば、残金で細々食えないかい?」
「そうだね」
気合術診療所から貰って来たトマトの苗が、やっと三ツばかり黄色い花を咲かせていた。あの花が落ちて、赤い実が熟
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