と、食えないで焦々《いらいら》しているところだ、赤くなりたくもなるさ」
「小さい頃、私の義父《とう》さんも、路傍に店を出して、よく巡査《じゅんさ》にビンタ殴られていたけれど――全く、これより以上私達にどうしろって云うのかしら?」

     十

 上野の博覧会の仕事もあと二三日で終ると云う夕方、与一は頭中を繃帯《ほうたい》で巻いて帰って来た。
「八方|塞《ふさが》りかね。オイー! 暑いせいか焦々して喧嘩《けんか》しちまったよ」
「誰とさア」
「なまじっか油絵の具を捏《こ》ねた者は、変な気障《きざ》さがあって困るって、ペンキ屋同士が云ってるだろう、だから、僕の事なンですか、僕の事なら僕へはっきり[#「はっきり」に傍点]云って下さいって、云ってやったンだ。するとね、ああちんぴら絵描きは骨が折れるって云ったから、何をお高く止ってるンだ馬鹿|野郎《やろう》、ピンハネをしてやがってと呶鳴ってやったら、いきなりコップを額にぶっつけたンだ」
「マア、まるで土工みたいね、痛い?」
「硝子がはいったけど大丈夫《だいじょうぶ》だろう」
 バンド代りに締めた三尺帯の中から、与一は十三日分の給料を出していっ
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