に逃げこむ私の後からも、二人の紳士が立ちはだかって叫んだ。
「君が小松与一[#「与一」は底本では「与一郎」]君かね?」
与一も面喰《めんくら》ったのだろう、脣《くちびる》を引きつらせてピクピクさせていた。
「ちょっと、署まで来てもらいたい」
「へえ、……いったい何ですウ、現行犯で立小便位なら覚えはあるンですが、原因は何んですウ」
「そんなに白っぱくれなくてもいいよ」
「君は小松与一だろう?」
「そうですよ。小松与一と云うペンキ屋で、目下上野の博覧会でもって東照宮の杉の木を日慣らし七八本は描いていますよ」
「フフン君が絵を描こうと描くまいと、そんな事はどうでもいいんだ、一応来てもらいたい」
「思想犯の方でですか?――僕は今ンところは臨時|雇《やと》いで、今日行かないと、また、外の奴《やつ》に取られッちまうんですがね」
「まあ、男らしく来て、一応いい開いたらいいだろう」
「何時間位かかるンですか? 長くかかるンじゃないンですか?」
落ちついたのか与一は脣を弛《ゆる》めて笑い出した。
「二十九日だなんて事になると厭だから、こんなもンでもお見せしましょう」
そういって押入れの中から、与一
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