》ずいた夢でも見たのであろう、私は眼が覚《さ》めると、私はいつものように壁に射《さ》した影《かげ》を見ていた。浅黄色の美しい夜明けだ。光線がまだ窓の入口にも射していない。
 その時、私は新しげな靴の音を耳にした。「まだ五時位なのに誰だろう」そんな事を考えながら、襖《ふすま》を押《お》して庭の透けて見える硝子戸を覗《のぞ》くと、大きな赭《あか》ら顔の男が何気なく私の眼を見て笑った。背筋の上に何か冷いものが流れた気持ちであったが、私も笑ってみせた。
「小松君起きてるウ?」
「随分早いんですね、ただ今起します」
 朝の光線のせいか、何もかも新しいものをつけている紳士《しんし》が、このように早く与一を尋ねて来ると云う事は、よっぽど親しい、遠い地からの友人であろうと、私は忙がしく与一を揺り起した。

「そんな友人無いがね、小松って云ったア?」
「ええ、起きているかって笑って云っているのよ」
「変だなア」
 与一が着物を着ている間に、私は玄関の鍵《かぎ》を開けた。
 すると、どうであろう、四五人の紳士達が手に手に靴を持ったまま、一本の長い廊下を、何か声高く叫びながら、三方に散って行った。驚いて寝室
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