るだろう……」
 私は、空を見上げている子供の頭を撫《な》でていった。
「小母さんところの石油コンロが唸っているのよ、明日お出《い》で、見せて上げるから……」
 そういって聞かせても、子供は、(炭や薪《まき》で煮焚《にた》きしているのであろう、小里氏の屋根の煙を私は毎日見ている)不思議そうに薄暗い空を見上げて、「飛行機じゃないの」といっていた。

     九

 与一は日記をつけることがこまめ[#「こまめ」に傍点]であった。私であったら、馬鹿らしく、なにも書かないでいるだろう、そんな無為《むい》に暮れた日でも、雨だの、晴れだの与一は事務のようにかき込んでいた。
 雨だの晴れだのが毎日続くと、与一自身もやりきれなくなってしまうのか、ついには「蚊帳《かや》が欲しい」とか「我もし王者なりせば[#「我もし王者なりせば」に傍点]と云う広告を街で見る」そんな事などが書き込まれるようになった。
 だが飢える日が鎖《くさり》のように続いた。もうこまめ[#「こまめ」に傍点]な与一も日記をほうりっぱなしにして薄く埃をためておく事が多くなった。
 そうして、日記の白いままに八月に入ったある朝、――跌《つま
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