いよ。どうせ屋敷で儲《もう》けるからねえ」
「助かりましたわ」
「よろしいよ。小松さんは帰りは遅《おそ》いですか?」
「ええいつも夜になってから……」
「大変ですな。――ところで、石油コンロ買いませんか、金は三度位でよろしいよ」
「ええ……どの位ですウ」
「九拾銭でよろしいよ。元々、便利ですよ」
 朴は冷々と気持ちがいいのであろう、玄関の長い廊下に寝そべって、私が石油コンロを鳴らしている手附《てつき》を見ていた。大分、錆附《さびつ》いてはいたけれど、灰色のエナメルが塗ってあって妙に古風だ。心《しん》に火をつけると、ヴウ……と、まるで下降している飛行機の唸《うな》りのような音を立てる。
「石油そんなに要《い》りません。一|鑵《かん》三月《みつき》もある。私の家もそう」
 石油コンロを置いて朴が帰ると私はその灰色の石油コンロを、台所の部屋の窓ぎわに置いて眺めた。家具と云うものは、どうしてこんなに、人間を慰めてくれるのだろう。

 夕方井戸端で、うどんを茹《ゆ》でた汁を捨てていると、小里氏の子供が走って来て空を見上げた。
「ねえ、小母さん! 飛行機が飛んでらア」
「どこに?」
「ホラ、音がす
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