のが、だんだん苦痛になって来ていた。
手探りで枳《からたち》の門を潜ると、家の中は真暗で、台所の三和土《たたき》の上には、七輪の炭火だけが目玉のように明るく燃えていた。
「どこへ行っていたんだ?」
「私、ねえ……お米が無かったから、通りへ行っていたのよ」
「米を買いに? なぜそう早く云わないんだ。もう動けないよッ」
与一は大の字にでも寝ているらしく、そういいながら、転々と畳をころがっているようなけはいがしている。
「早くそう云うつもりで云いそびれたのよ、……すぐ焚《た》けるからねえ」
「うん、――あのね、何も遠慮する事はないんだよ。金が無かったら無いようにハッキリ云いたまえ。ハッキリと云えばいいンだ。……俺は明日上野の博覧会にでも廻ってみよう。ペンキ屋の仕事のこぼれが少しはあるだろうと思うンだ。働かないで絵を描いて行こうなんて虫が良すぎる。そうだよ! 芸術だの、絵だのって、個人の慰みもンだアね、俺なんかペンキで夏のパノラマでも描いて、田舎の爺《じい》さん婆《ばあ》さんに見てもらった方が相当なンかも知れないよ、それが似合っているんだ」
「あなた、私を叱っているんですか?」
「叱って。
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