ったならば、拾円以上にもなっているであろう――私は笊《ざる》を持つと、暗がりの多い町へ出て行った。
 軒《のき》の低い町並みではあるけれど、割合と色々な商い店が揃《そろ》っていて、荷箱のように小さい、鳩《はと》と云う酒場などは、銀座を唄ったレコードなんかを掛けていたりした。
 その町の中ほどには川があった。白い橋が架《かか》っている。その橋の向うは、郊外《こうがい》らしい安料理屋が軒を並べていて、法華寺《ほっけじ》があると云う事であった。
 私は米を一|升《しょう》ほどと、野菜屋では、玉葱《たまねぎ》に山東菜《さんとうな》を少しばかり求めて、猫《ねこ》の子でも隠《かく》しているかのように前掛けでくるりと巻くと、何度となく味わったこれだけあれば明日いっぱいはと云う心安さや、またそんな事をいつまでも味わって暮さなければならなかった度々の男との記憶――いっそ、どこかに突き当って血でも吹き上げたならば、額でも割って骨を打ち砕《くだ》いたならば、進んで行く道も判然とするであろう。仕事をするためにか、食べるためにか、どんなために人間は生きているのであろうか、私は毎日が一時|凌《しの》ぎばかりである
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