々と眼にしみた。
「その隣りが気合術|診療所《しんりょうじょ》よ」
「ヘエ、どんな事をやるンかね」
「私一人でこの家を見に来た時、気合術診療所の娘が案内してくれたのよ、とてもいい娘だわ」
「そう云えば、僕もあの娘が連れて来てくれたんだが、俺ンとこと同じようなもンらしい、瓜《うり》、トマト、茄子《なす》の苗《なえ》売りますなんて、木の札《ふだ》が出てるあそこなんだろう」
 与一が灯を持って、三ツの部屋を廻るたび、私はまるで蛾《が》のようにくっついて歩いた。右側の坊主《ぼうず》畳の部屋には、ゴッホの横向きの少女が、おそろしく痩《や》せこけて壁に張りついている。その下には箪笥《たんす》の一ツも欲しいところだ。この部屋は寝室《しんしつ》にでも当てるにふさわしく、二方が壁で窓の外には桐の枝《えだ》がかぶさり、小里万造氏の台所口が遠くに見えた。
 真中の部屋はもちろん与一のアトリエともなるべき部屋であろうが、四枚の障子《しょうじ》が全部廊下を食っているので、三ツの部屋の内では、一番そうぞうしい位置にあった。
 与一は、この部屋に手製の額に入れた自分の風景画を一枚|飾《かざ》りつけた。あんまりいい絵
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