人だろう」と考えるに違いない。尋《たず》ねた場合は、「絵の先生をしています」とでも濁《にご》しておこうと、私は私の家と同然な御出入口と書いてあるその硝子戸を引いた。
この家の主《あるじ》は、よっぽど白い花が好きと見えて、空地と云う空地には、早咲《はやざ》きの除虫菊《じょちゅうぎく》のようなのが雪のように咲いていた。
家根《やね》の上から白い煙《けむり》があがっている。
花の蔭《かげ》では、蛙《かえる》が啼《な》くから帰ろうと歌って、男の子がポツンとひとりで尿《いばり》をしている。
一軒だけ挨拶を済まして帰って来ると、与一は、私が買って来ておいた、細い壱銭蝋燭に灯をつけて台所に続いた部屋の壁に何かベタベタ張りつけていた。
家の中はもう真暗だ。
「何をする人なンだ?」
「煙草《たばこ》専売局の会計をしてるンですってよ」
「ホウ、固い方なンだね」
土色の壁にはモジリアニの描いた頭の半分無い女や、ディフィの青ばかりの海の絵が張ってあった。
こんな出鱈目《でたらめ》な色刷でも無聊《ぶりょう》な壁を慰《なぐさ》めるものだ。灯が柔《やわらか》いせいか、濡れているように海の色などは青
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