しょうけんめい》赤い鼻の先を擦《こす》っていた。「この女は旅行に出ても、色々と世話を焼きたがる女に違いない。前の生活で質屋の使いや、借金の断りや、家賃の掛引《かけひき》なんぞには並々《なみなみ》ならぬ苦労を積んで来たのであろう」与一はそんな事でも考えていたらしく、ズシンと壁に背を凭《もた》せかけて言った。
「僕《ぼく》はとてもロマンチストなんだからね、だが、君のどんなところに僕は惹《ひ》かされたンだろう……」
そうむきになって云われると、私はまた泪《なみだ》ぐまずにはいられなかった。「またこの男も私から逃げて行くのだろうか」男心と云うものは、随分と骨の折れるものだ。別れた二人の男達も、あれでもない、これでもないと云って、金があると埒《らち》もなく自分だけで浪費《ろうひ》してしまって、食えなくなるとそのウップンを私の体を打擲する事で誤魔化していた。
「ねえ、私のような女は、そんなに惹かされない部類の女なの? だって夫婦《ふうふ》ですものね、それに、私は誰からも金を送ってもらう当《あて》はないし……」
与一は二寸ばかりの黄色い蝋燭《ろうそく》を釘《くぎ》箱の中から探し出すと、灯をつけて
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