いたようにまだ四軒ほども並《なら》んでいた。
 家の前には五六十本の低い松の植込みがあって、松の梢《こずえ》から透《す》いて見える原っぱは、二百|坪《つぼ》ばかりの空地《あきち》だ。真中《まんなか》にはヒマラヤ杉が一本植っている。
「東京中探しても、こんな良い所は無いだろうね」
 与一はパレットナイフで牡蠣《かき》のように固くなった絵の具をバリバリとパレットの上で引掻《ひっか》きながら、越して来たこの家がひどく気に入った風であった。
 玄関《げんかん》の出入口と書いてある硝子戸《ガラスど》を引くと寄宿舎のように長い廊下《ろうか》が一本横に貫《つらぬ》いていて、それに並行《へいこう》して、六|畳《じょう》の部屋が三ツ、鳥の箱のように並んでいる。
「だけど、外から見ると、この家の主人は何者と判断するでしょうね、私はブリキ屋か、大工でも住む家のような気がして、仕方がないのよ」
「フフン、お上品でいらっしゃるから、どうも似たり寄ったりだよ。ペンキ屋と看板出しておいたらいいだろう。――だが、こんな肩《かた》のはらない家と云うものは、そう探したってあるもンじゃないよ。庭は広いし隣《とな》りは遠いし
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