#「あまく」に傍点]なってゆく。
私は塩たれたメリンスの帯の結びめに、庖丁《ほうちょう》や金火箸《かなひばし》や、大根|擂《す》り、露杓子《つゆじゃくし》のような、非遊離的《ひゆうりてき》な諸道具の一切《いっさい》を挟《はさ》んだ。また、私の懐《ふところ》の中には箸や手鏡や、五銭で二切の鮭《さけ》の切身なんぞが新聞紙に包まれてひそんでいる。
「そんなにゴタゴタしないで、風呂敷へでも包んでしまえよ」
「ええでもこうやって、馬穴《バケツ》をさげて行こうかと思っているのよ」
私達が初めて所帯を持った二階借りの家から、その引越し先の屋敷跡へは、道程から云うと、五丁ばかりもあったであろう。その僅《わず》か五丁もの道の間には、火葬場《かそうば》や大根畑や、墓や杉《すぎ》の森を突切《つっき》らない事には、大変な廻《まわ》り道になるので、私達は引越しの代を倹約《けんやく》するためにも、その近い道を通って僅かな荷物を一ツ一ツ運ぶ事にした。荷物と云っても、ビール箱《ばこ》で造った茶碗《ちゃわん》入れと腰《こし》の高いガタガタの卓子《テーブル》と、蒲団《ふとん》に風呂敷包みに、与一の絵の道具とこのような
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