」と、少女のなかにありやうもない嬌笑で云ひかへすのでした。おほかた、父親達が置屋へ行つて呼び馴れてゐるその名前を、自分達も何時とはなく覚えて呼びよくなるのでせう、町の男の子達は、ひな子のもうひとつの名を呼んで、「おかめおかめ」と云つてをりました。

 3 由にとつて初めの一週間は、極めて長い厭なものに思はれましたが、段々島の風景が眼に浸みて来ますと、仕方がないと云つた落ちつきも出て来るのでありました。それに此島では、海にひたひたの山の根に添つた町なので、夜になると暑くもないのに、どの家の戸口にも人が出てゐて、向うどうしや、隣りどうしで声高く世間話をするのでありました。その世間話は、たいてい島の中の話なのでありましたが、由が、一番よく耳にとめたのは、何と云つてもおりくさんと云ふ男女子の話でした。おりくさんと云ふのは、島でも一流の置屋の主人で、女のくせに髪を男のやうに短く刈り上げ、筒袖の意気な着物に角帯を締めて、その帯には煙草入れなぞぶらさげ、二三人の若い女を連れては、角力取りのやうにのつしのつしと歩いてゐる女のひとでした。男にしてみても仲々立派なもので、「景気はどうの?」と云つて人に挨拶
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