ずんだ洋紙を赤い木綿糸でとぢた雑記帳を開いて、ひな子は、自分の描いたこれらのすみれの絵を見せるのでありましたが、どれもこれも兎の耳のやうで、[#「やうで、」は底本では「やうで」]満足なすみれの花は一ツも描いてありませんでした。
 只、そのあやし気なすみれの絵に説明がつけてあるので、やつと、まるばすみれだとか、ひなすみれなぞと判るのでした。ひかげすみれなぞは、花の絵に線を引つぱつて、ここ白なり[#「ここ白なり」に傍点]と書いてあつて、――木かげの地に生じ、卵色の根より苗を生ずる特長ありて、無茎生で、その有柄葉は根生し、葉は楕円形でふちに鈍歯を有し、薄く毛があり、花は小さく少なく、色白く紫色の線あり――なぞと、判つたのか判らないのかむつかしい言葉で書いてありました。
「うちの先生、本にないのばア教へてむつかしいけエなう」
 何時もの癖のやうに八ツ口からむき出しの両腕を出して、「おほけに」と由のひざの荷物を持つて立ち上ります。
「おい、おかめ、何よウしよる、学校おくれてしまふぞ」
 床屋の男の子が同級生のくせにえらぶつて云ふのを、ひな子は、ニコニコ笑ひながら、「わしと並んで行きたいのぢやろウ
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