へ行きます。名前をひな子と云ひました。由の思つたとほりやつぱり置屋の娘でありましたが、このひな子にはもうひとつ名前があつて、それがあんまり変な名前なので、由は何時も気の毒に思つてゐました。その変な方の名前を、土方や俥夫たちが面白さうに呼んでも、ひな子は別に恥づかしがりもせずに、「なんなア?」と可愛い返事をするのです。
「ひなちやん、今日は裁縫があるんな?」
 由は朝の挨拶に、ひな子の学課を訊くのが愉しみでありました。ひな子は、暫く由の椅子のところにしやがんで、「しんどいがア」と荷物を由のひざの上にどかりと置くのです。
「今日は理科でのウ。春の草花を習ふんぢやけど、およツしやん、すみれの花の数ウ沢山知つとるな?」
「角力取草の事かの? わしや知らんが‥‥」
「ふん、沢山あるんぞな、云はうかア、あのなう、ふもとすみれぢやんで、それから、こすみれ、しろばすみれ、けまるばすみれ、あふひすみれ、やぶすみれ、それから ひなすみれ、ひかげすみれ、まるばすみれ、ながばのすみれさいしん、えいざんすみれ、ひめすみれ、たちつぼすみれ、つぼすみれ、こみやますみれ、どうな、ほら、沢山あらウがの」
 四ツ切りの黒
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