く起き出て、表戸や裏口を開けはなち、うどんのだし[#「だし」に傍点]を煮る事でありました。朝早く船へ乗るひとや、船から降りるひとが、「うどん出来るかア」と云つて入つて来ますので、その客人を当てこんで早くから戸口を開けておくのです。昆布や、煮干を大きな木綿袋に入れ、五右衛門釜のやうな鉄釜にひたして、とろ火でいつときだしを取るのですが、その間、土間へ水を打つて、バンコ(腰掛)や台の上を拭いておくのが仕事なのでありました。台の上には、箸たてが置いてあるのですが、ここのお神さんは吝なので割箸は使はずに、洗つて何時までも使へる青竹色に塗つた箸をつかつてゐました。薬味のわけぎを小さく刻んで、山盛り皿に入れて出しておいて、戸口に椅子を持ち出し、だしの煮こぼれるまで、由は此椅子に呆んやりかけてゐるのです。椅子に腰をかけてゐますと、町が谷間のやうに卑屈なので、海辺でありながら、何時も暗い山の町の感じでした。両方から軒が低く重なりあつてゐるせゐか、眉に煤でもついてゐるやうなうつたうしさを感じるのです。由が、此様な町を見ながら、朝々椅子に呆んやりしてゐると、軒下を縫ふやうにして、ラムネを抜いてくれた娘が学校
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