ようとはしなかった。
「いいねえ。ほら雲雀《ひばり》が啼《な》いているよ」
「…………」
「どうしたんだい?」
「私、馬鹿なんでしょうか、風景《けしき》がちっとも眼に這入《はい》らないで、今だに一生懸命で戸締りをしているようなの、私時々体が二ツにも三ツにも別れて勝手な事しているンですよ」
「君が、僕の背中ばかり見ているからさ、さア、先になって行ってごらん、厭《いや》でも美しい景色が見えるから……」
 彼女を先へ歩かせると、今度は僕の方がたまらなかった。赤緒《あかお》の下駄《げた》と云えば、馬糞《ばふん》のようにチビた奴《やつ》をはいている。だが、雑巾《ぞうきん》をよくあててあるらしく古びた割合に木目が透《す》きとおっていた。
「唄でもうたわない?」
「ええ……唱歌なんてもの皆忘れてしまった……こんな時唄う歌なんてむずかしいわねえ」
 僕達は小川《おがわ》の上のやや丘《おか》になった灌木《かんぼく》の下に足を投げ出して二人が知っている「古里」の唄をうたい始めた。
 雲雀が高く上っている。若葉が風にまるでほどけて行くようであった。僕は眠《ねむ》たくなって、ゴロリと横になると、帽子を顔にかぶ
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