せて眼をとじた。瞼《まぶた》の部屋の中は真暗《まっくら》だが、渦《うず》のような七色のものがくるくる舞っている。僕のそばから離れて行ったのか、彼女が柔《やわらか》い草を踏《ふ》んで向うへ遠ざかるのが頭へ響《ひび》いて来た。
「オイ、あんまり遠くに行っちゃア駄目《だめ》だよ」
 帽子の中からそう云ったまましばらく、僕はうたたねしてしまったらしい。――ふと眼が覚《さ》めると彼女は、遠くの合歓《ねむ》の花の下で、紅の帯をといて、小川の水で顔や手足を洗っていた。
 遠くから見ていると、その姿がまるで子守女のように見える。
 長い間、帽子の下で眼をとじていたせいか、起きあがった時は夕方のように四囲《あたり》が薄暗いものに見えた。僕は袂《たもと》の底から、くしゃくしゃになった煙草《たばこ》を一本出して火を点じた。さわやかな初夏の憶《おも》いが風になって僕の袂をふくらます。
 合歓の木の下の彼女は、やがて帯を結んで堤《つつみ》へ上って来た。
「何だいその白い風呂敷は……」
 彼女は癖《くせ》のように、その風呂敷を背中に隠して、ニヤニヤ笑いながら「摘草《つみくさ》したのよ」と云った。
 あんまり食べら
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