でも出したいけれど……」
「へえ、君に裁縫が出来るのかね」
「大した事は出来ないけれど、袴《はかま》もかさね[#「かさね」に傍点]も習ったには習ったんだから……」
「だって君、習った事と商売とは違《ちが》うよ――まア、待っているさ、毎日俺も街へ出掛《でか》けているんだから、何とか方法はあるだろう。――学校を出て、すぐ五六拾円にはなるだろうと思えばただ大学は出たものの[#「大学は出たものの」に傍点]だよ、そうだろう……」
「ええだけど、知った人に縫《ぬ》わしてもらったっていいでしょう……」
「知った人ッて皆《みな》貧乏《びんぼう》じゃないか」
「森本ちぬ子さんはどうでしょうか。あの人は、とても羽振《はぶ》りのいい芸術家のところへお嫁《よめ》にいらっしったッて云う事ですわ」
「馬鹿! 食えなかったら、食えないで仕方がないよ」
 それより、僕は机に向って、何か就職の口はないかと遠い友人に手紙を書いた。今となって職業の好みもなく、また、田舎《いなか》住いでも幸福だと云った意味を長々と展《の》べて。彼女にも安心の行くように音読してさえ聞かせてやった。
「物事は当って砕《くだ》けろさ。俺達だけじゃ
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