た。夫人は、二人の看護婦に寄り添われて、厚いむらさきの蒲団のうえに坐っていた。
「山田は、信州の生れだそうですね」
 僕は一も二もなく参ってしまった。夫人も信州の生れだと云うので、ここでは、信州の山の話が出た。
「今日は部屋をずっと見て廻《まわ》って、なるべく早く来るようにして下さい」
 給料の話と、妻の話を持ち出そうとすると、もう看護婦が会釈するのだ。――お伽話《とぎばなし》にだってこの様な大名生活はないだろう。彼女に見せてやったなら、どんな事を云うであろうか。老女中が次々と五十|幾《いく》ツかの部屋を見せてくれた。十九歳を頭《かしら》に令嬢《れいじょう》が四人、女中が十八人、事務員が二人の全く女ばかりの大世帯で、男と云えば風呂|焚《た》きの爺《じい》さんと末の坊《ぼっ》ちゃんだけだと云う事であった。
 この二ノ宮と云うのは、天下の二ノ宮と云われた生糸《きいと》商人で、一時は全く旭日《きょくじつ》の勢いにあったと云う一家だと云う事だ。さすがに、風格も堂々としていて、五十幾ツかの部屋を見終った時の僕の頭の中には、ただ壁だけがぐるぐる廻っていた。
 老女中は、僕を玄関へ送り出すと、「お荷
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