僕の不甲斐《ふがい》なさを彼女に見せつけられたようだ。で、僕はたまらなくなって素足のまま墓場の道へ走って出た。
「馬鹿《ばか》! 俺《おれ》はそんなにしてまで苺なンぞを食いたかないンだよッ! お帰り、帰ったらいいだろう……」
 彼女は風呂敷包みを、まるでアンパンか何かのように子供らしく背後に隠《かく》して、しぶとく[#「しぶとく」に傍点]立っていた。そのしぶとさ[#「しぶとさ」に傍点]が余計胸の中に来ると、僕は彼女の髪《かみ》をひきつかんで、まるで、泥魚のように、地べたに引きずって帰って来た。
「君が、こんな一人合点《ひとりがてん》をするから、前の男達も君を殴《なぐ》ったのだろう。僕だって、小刀の一ツも投げたくなるよ。――炭俵《すみだわら》に入れられて、一日|揚板《あげいた》の下へ押《お》し込《こ》められた事があったッて君は云っていた事があったが、前の男の気持ちだって、何だか僕にはだんだん解《わか》って来たよ」
 彼女は涙《なみだ》もこぼさないでしおれていた。風呂敷の中からメリンスの鯨帯《くじらおび》と、結婚の時に着ていた胴抜《どうぬ》きの長襦袢《ながじゅばん》が出て来た。
「こんなもの置きに行ったって仕方がないじゃないかッ」
 ふと彼女を視《み》ると、僕の学生時代のモスの兵児帯《へこおび》を探し出して締《し》めているのだ。何だか擽《くすぐ》ったいものが身内を走ったが、僕は故意にシンケンな表情をかまえていた。
「君が腹の満ちた恰好《かっこう》で、一ツのものを夫に与《あた》えるのは、それア昔《むかし》の美談だよ。一ツしかなかったら、二ツに割って食べればいいだろう、何もなかったら、二人で飢《う》えるさ」
 これは、素敵にいい言葉であった。僕は僕自身のこの言葉にひどく英雄的《えいゆうてき》になったが、彼女には、それがどんなにか侘《わび》しく応《こた》えたのであろう。急に、まるで河童《かっぱ》の子のように眼のところまで両手を上げて、しくしく声をたてて泣き始めたのだ。
 この泣き方は実に面白い。まるで、閨《ねや》を共にする男へなんぞの色気《いろけ》は、大嵐《おおあらし》の中へ吹《ふ》き飛ばしたかのように、自分一人で涙を楽しんでいる風なのだ。子供のように、泣きながら泥《どろ》の上を引きずられて来た汚《よご》れた手で、足の裏を時々ガリガリやりながら思い出したようにシャックリをする
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