「ううん、朝がた、あんまりお天気がいいからって、今日のようなお天気なら雑誌記者も機嫌がいいに違いないって原稿背負って行ったンだけど……」
「まア、背負って?」
「あの人が原稿売りに行く格好ったら、背負ってるって方が当ってるわよ、こう猫背でさア、背中の方へまで原稿詰めこんで、私一度でいいから、うちのひとがどんな格好で原稿ってものを売りつけてンのか見て見たいわ。一遍にあいその尽きるような風なんだろうと思うンだけど……」
「そんな事いうもンじゃないわよ。昨日や今日一緒になッたンじゃなし、子供もあってさ……」
二階が六畳一間、階下が四畳半に二畳の小さい構えであったが、道具というものは、寛子の鏡台位のもので、勘三の机でさえも、原稿用紙が載っていないと、すぐ茶餉台《ちゃぶたい》に持って降りられる程な、抽斗《ひきだし》のない子供机で、兎に角何もない。
「お茶|淹《い》れましょうかね」
「おやおや珍しい、瓦斯も電気も御健在ね」
「莫迦《ばか》にしたもンじゃないわ、この間、一寸大金が這入ってさ……」
「へえ、何時のこと、それ?」
貞子は礼子を寝かしつけると、取っておきの電車代をそっとつまんで、
「
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