泣虫小僧
林芙美子

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)閻魔蟋蟀《えんまこおろぎ》が

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)半|洋袴《ズボン》の

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)めまい[#「めまい」に傍点]
−−

       一

 閻魔蟋蟀《えんまこおろぎ》が二匹、重なるようにして這いまわっている。
 啓吉は、草の繁った小暗いところまで行って、離れたまま対峙《たいじ》している蟋蟀たちの容子《ようす》をじいっと見ていた。小さい雄が触角を伸ばして、太った雌の胴体に触れると、すぐ尻を向けて、りいりい……と優しく羽根を鳴らし始めた。その雄の、羽根を擦り合せている音は、まるで小声で女を呼ぶような、甘くて物悲しいものであったが、蟋蟀の雄には、それが何ともいえない愛撫の声なのであろう、りいりい……と鳴く雄の声を聴くと、太った艶々しい雌は、のそのそと雄の背中に這いあがって行った。太ったバッタのような雌は、前脚を草の根に支えて、躯《からだ》の調子を計っていたが、やがて、二匹共ぜんまいの振動よりも早い運動を始め出した。
 つくね
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