んと土いじりしながらそれを視ていた啓吉は、吃驚《びっくり》した気持ちから、おぼろげな胸のとどろきを感じた。
雄は目に消えてしまいそうな小さい白い玉を、運動の止まった雌の横腹へ提灯《ちょうちん》のようにくっつけてしまうと、雌はすぐ土の上へ転び降りて、泥の上を這いずりながら、尻についた一粒の玉を何度か振りおとしそうに歩いた。すると小さい雄は、まるでその玉の番人か何かのように、暴れまわる雌の脚を叱るようにつつくのであった。
啓吉は、なんとなく秘密な愉しさを発見したように、その蟋蟀の上から、小さい植木鉢を伏せて置いた。
空はまぶしいほど澄み透って、遠くまでよく晴れている。光った土の上へ飛白《かすり》のように落葉が乾いて散らかっていたが、啓吉は植木鉢を伏せたまま呆《ぼ》んやりしていた。
呆んやりしたのはぐらぐらと四囲が暗くなるようなめまい[#「めまい」に傍点]を感じるからだ。どこかでピアノが鳴り始めた。いい音色で木の葉の舞い落ちてゆくような爽やかさが啓吉の肌に浸みて来るのであったが、啓吉は少しも愉しくはなかった。
ぐらぐらとした暗さの中で、啓吉は不図《ふと》母親の処へよくやって来る男の
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