子の家で、溝板《どぶいた》の上に立つと、台所で何を煮ているのか判る程浅い家である。
入口のコロッケ屋は馬鈴薯の山ばかり目立って、肉片がぶらさがっているのをかつて見たことがない程貧弱な構えで、啓吉が最初に寛子の家へあずけられた時、六ツで拾銭というコロッケをよくここへ買わされにやられたものであったが、揚鍋が小さいので、六ツ揚げて貰うには中々骨であった。
右側の花屋は、これは中々盛大で、薔薇《ばら》や百合《ゆり》やカアネーションのような、お邸好みの花はなかったが、菊の盛りになれば、一握り五銭位の小菊が、その辺の二階住いや、喫茶店や、下宿の学生達に中々よく売れて行った。寛子も花が好きで、一寸した小銭が出来ると、花屋へ出掛けては半日も話しこんで、見事な雁来紅《はげいとう》を何本もせしめて来ることがある。
貞子は、この貧しい妹に、自動車から降りるところは見せたくなかったのであろう。風呂屋の前で自動車を降りると、すっかり眠ってしまった礼子をかかえて、花屋とコロッケ屋の小さい路地を曲った。
「いる?」
「あら、いらっしゃい! 瘤《こぶ》つきで御入来か……」
「相変らず瘤つきさ、勘三さんいるの?」
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