ンに腰を掛けると、半|洋袴《ズボン》の啓吉は、泥に汚れた自分の脚を、母親に気取られないようにしては、唾でそっとしめした。
「いいお天気ねえ、運転手さん! 横浜までドライブしたら、どの位で行くの?」
髪を奇麗に分けた、衿足《えりあし》の白い運転手が、
「四五円でしょうね」
と、いった。
「そう、安いものね」
金もない癖に、貞子は飛んでもないおひゃらかし[#「おひゃらかし」に傍点]をよく言うのであったが、いまも、片方の手は袂《たもと》へ入れて、心の中で、とぼしい財布の中から、一つ二つ三つ四つと穴のあいた拾銭玉を数えて、残りは、電車で帰る切符代がやっとだとわかると、先きは先きといった気持ちで、走る町を眺めながら、どんな口上で啓吉をあずけたものかと、もうそれが億劫《おっくう》で仕方がなかったのだ。
「いつか、叔母さんと行ったお風呂屋があるね」
啓吉が吃驚《びっくり》するような大きな声で言った。
「運転手さん! この辺でいいのよ」
自動車がぎいと急停車すると、よろよろと啓吉は母親の膝へたおれかかった。
三
コロッケ屋と花屋の路地を這入《はい》ると、突き当りが叔母の寛
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