。先《ま》ず姉のゴネリルからいってみよ。と尋ねた。……」
張りのあるいい声で、啓吉はうっとりと聴きとれていた。何時か、饗庭芳子が、学芸会の席で、鎌倉[#「鎌倉」に傍点]を暗誦して読みあげたことがあったが、実にいい声であった。
[#ここから2字下げ]
由比の浜辺を右に見て
雪の下道過行けば
八幡宮の御やしろ
[#ここで字下げ終わり]
のあたりなどは、彼女の得意のところらしく、啓吉はいまでも饗庭芳子の振袖姿を思い出すのだ。
「はア、そこンところで次に級長さんに読んで貰いましょう。級長さんは、何ていうお名前?」
「…………」
啓吉が赧くなっていると、饗庭芳子が、大人びた物いいで、
「田崎啓吉さんておっしゃいます」
と言った。
「そう、田崎さん、ではその七十二頁の、饗庭さんの次から読んで御覧なさい……」
すると立ちあがった啓吉は、すっかり周章《あわ》てて、何行目だったろうと、七十二頁を繰ったが、やたらに、「王は男泣きに泣いた」というところだけが目にはいって来た。
誰か後の方で、
「怒りと失望と後悔と……」
と、いってくれている。啓吉は益々うろたえてしまった。どの行を見ても、「
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