元で髪をつかねた色の白い先生は、黒板の字を見ると、急に顔を赧めて、
「貴方がこんないたずらを書いたの?」
 と田口七郎兵衛に訊いた。
 田口七郎兵衛は悄気《しょげ》てしまって黙っていた。先生は、また――男のセイトキライ――と書かれている方を見て微笑しながら、
「さア、その黒板消しを先生にお返して、席におつきなさい」
 と、静かに教壇に上って行った。啓吉には、新しい先生がひどく神々しく見える。田口七郎兵衛は頭をすぼめて降りて行ったが、七郎兵衛が席につくと、啓吉は大きい声で、
「着席!」と号令した。
「貴方が級長さんですか?」
 啓吉は赧くなってうなずいた。先生は、黒板の方へ向くと、まず饗庭芳子の書いた――男のセイトキライ――から静かに消して行った。

       二十一

「復習して来ましたか?」
 先生は黒板を消し終ると、机の上の本をパラパラと繰って、
「饗庭さん、第十四課の六十六頁を開けて、四行目から読んでみて下さい」
 饗庭芳子は立ちあがると声を張りあげて、
「今日はお前たちに一つ聞いてみたい事がある。お前たちのうちで誰が一番この父を大事に思ってくれるか。わしはそれが知りたいのだ
前へ 次へ
全75ページ中56ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 芙美子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング