びたてた。もず[#「もず」に傍点]は、木のてっぺんで鳴く鳥だと啓吉は誰かに教わったことがあった。よくみていると、初秋に飛んで来るみそさざいが、ちょん、ちちちっと気ぜわしく飛びはねているが、死んだ田舎の祖母が、「みそさざいが来ると、雪が降るだよ」と言った事を思い出して、秋はいいなア、と啓吉は思わず空を見上げた。
「おい、外見《よそみ》をしてはいかん!」
 背中で手を組んでいる体操の教師が、後からやって来て啓吉の後頸をつついた。皆、くすくすと笑った。啓吉は赤くなってうつむいた。
 朝礼が済むと、啓吉は自分の級の先頭に立って教室に這入って行った。
 びゅうびゅう口笛を吹く者や、唱歌をうたう者、読本と首っ引きの者、復習をしてなかったと、泣きそうになっている者や、まるで教室は豆が弾《は》ぜたようだ。啓吉は気が弱くて、
「静粛!」
 という声がかけられなかったのだが、不意に副級長の饗庭芳子が、
「皆さん! 静粛にして下さいッ!」
 と呶鳴った。
 一寸の間静かになったが、誰かが隅の方で、
「凄げえなア」
 と感嘆の声をもらすと、津浪のように皆がどっと笑い出した。とりとめようもない程、笑い声が続いた
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