ですかねえ?」
啓吉は美しい副級長に覗きこまれると、とまどいした鳩みたいに目をぱちくりさせた。
あっちこっちの机が段々賑やかになって来て、各々音読を始め出したが、田口七郎兵衛は復習が積んでいるのか白雲頭を振り立てて大きい声を振りあげて読んだ。
「……怒りと失望と後悔とに身も魂もくだけ果てた王は、我にもあらず荒野の末にさまよい出た。その夜は風雨にともなって雷鳴電光ものすさまじい夜であったッ……」
「何? ちょっと、自慢そうに、声だけたててンのよ。意味なンかわかりゃしないのよ、このひと……」
饗庭芳子が、舌を出して田口七郎兵衛をからかった。
「何だとッ! もう一遍いってみろッ、今宵の虎徹《こてつ》は血に飢えている、目に物見せてくれるぞッ!」
と言うが早いか、飛鳥のように、饗庭芳子に飛びついて行ったが、机が邪魔で、田口七郎兵衛はついに机の上に泥靴のまま立ち上った。丁度、校庭では始業の鐘が、ガランガランと涼しく鳴り始めている。
二十
朝礼の体操も終って、校長先生の訓話が始まる頃、葉のまばらになった校庭の桜の梢に、もず[#「もず」に傍点]がきゃっきゃっといった鳴声で呼
前へ
次へ
全75ページ中53ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
林 芙美子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング