も気がとがめたのか、「ああ」と溜息をついて上へ上った。
「おい、小僧! さ、泣き止めてッ、ええ? 手でも洗って、礼ちゃんと遊んでお出でよ」
 啓吉は泣く事に草臥《くたび》れたけれども、声をたてることは気持ちのいいことなので止めなかった。不思議なことに声を立てていると、涙があとからあとから溢れ出て来る。
「まア、いいわ、放っときよ……」
 貞子は、男にそう言われると、渋々奥へ這入って行ったが、礼子だけは、
「兄ちゃん、泣かなくてもいいよ」
 と大きな下駄をはいて、啓吉のそばへしゃがんだ。啓吉はうるさいよ[#「うるさいよ」に傍点]といった格好で睨《にら》みつけた。
「莫迦野郎!」
 啓吉がそっと礼子の身体を押した。両手に五銭玉を一つずつ握っていた礼子は、ぐらぐらする拍子に、その五銭玉二ツを三和土の上へ投げ散らした。
 啓吉はそれを足で蹴った。
「厭よッ! 厭だアよッてば……」
 礼子が立ちあがって頬をしかめそうになると、啓吉は、矢庭《やにわ》にその五銭白銅を拾って、がらがらと格子を開けて戸外へ出て行った。
「兄ちゃアん! 莫迦ヤロッ!」
 礼子が地団駄《じだんだ》を踏んで啓吉よりも高い声を
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