あげて泣きたてた。

       十九

 どっかで野球でもしているのか、カアンと球を打つ空鳴りがしている。啓吉は久し振りにランドセールを肩にして勇んで歩いた。
 校門をくぐると、校庭の蔓薔薇《つるばら》などは虫食いだらけの裸になってしまって、木という木はおおかた葉を振り落していた。
 ピアノの音が聴えてくる。教室に這入ると、女の子達はてんでに宿題のリヤ王物語を読んでいた。啓吉の学年[#「学年」は底本では「学生」]は三級もあって、転校者の多い級だけ男女混合であった。副級長の饗庭《あえば》芳子という美しい娘が、啓吉を見てにこにこ立ちあがって来た。
「田崎さん、随分お休みなすったのね、今日は試験があンのよ……第十四課のリヤ王物語ね、あれを読まされるのよ……」
 啓吉ははにかんで、ランドセールを降ろすと、さっそく読本を出して見た。まだ鐘が鳴らないので教室は動物園のようににぎやかだった。
「田崎君! どっか行ったのウ?」
「この間ねえ、飯能《はんのう》へ遠足だったンだよ……」
 男の子達も、啓吉のそばへ集って来た。
 啓吉は級長だったので、留守の間の事を、面白そうにがやがやとお喋りに来るのだ
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