うよッ」
 柔かい素足が、玄関の大きい下駄の上に降りたかと思うと、啓吉は猫の仔のように衿首をつかまれたまま引きずられて、三和土《たたき》の上へずどんと転んでしまった。転ぶと同時に、思いがけない大声が出て、涙がほとばしるように溢れた。貞子も、啓吉の大声に吃驚したのか、一寸ギクッとしたかたちであったが、格子をぴしッと閉めると、泣いている啓吉を引き起して、
「大きななり[#「なり」に傍点]して莫迦だね、もういいよ。帰されたもの仕方がないじゃないかね。本当に莫迦で仕様がないよ……さ、お靴をぬいでお上り、ええ?」
 遠くで子供達の歌声が聞えて来る。家の横のポプラの落葉が、格子戸の硝子にばらばらと当って墜ちてゆく。
 声をあげて泣いていると、百のお喋りをしたよりも胸がすっとして、啓吉は呆れてつっ立っている母の足元で、甘えるように、おおんおおんと声をたてて泣いた。
「どうしたンだ?」
 茶の間から、鼻の頭がぎらぎらしている男が出て来た。その後から、妹の礼子が、
「お兄ちゃん泣いてるよ」
 と、走って男の手へつかまった。
「大きい癖に、から[#「から」に傍点]、意気地がなくてねえ……」
 流石に、貞子
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