泊るし、その前の晩は、神田の尺八を吹く人の家に世話になったりして、寛子姉さんとこだって、二晩もあずかってさ、夫婦喧嘩までおっぱじめたりしたのよ……そんな邪魔な子だったら孤児院にでもやったらいいでしょう!」
 啓吉は貝のように固くなった。

       十八

 叔母達がぷりぷりして帰って行くと、
「啓吉!」
 と、母親の怒声が頭の上で破れた。上目で見上げると、針金のように剃りあげた眉を吊りあげて、貞子が障子に凭れている。
「お前のような子供はどっかへ行ってしまうといいんだ。一つとしてろくなこたアありゃアしない。――お母さんを苛《いじ》めりゃいい気持ちなんだろう! ええ? そうなンでしょ……」
 啓吉は黙ってうなだれていた。しまいには首が痛くなってしまった。足元を蟻の大群がつっ切って行っている。蟻のお引越しかな、啓吉はそう思いながら、痛い首をそっと下へ降ろしかけると、
「莫迦!」と、いって、横面がじいんとするほどはりたおされた。
「ええ? どこまで図々《ずうずう》しい子なンだ! 親が何かいっているのに、地面ばっかり見つめてさ……母さん、お前のような白ッ子みたいに呆けた子なンか捨てっちま
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